授業でする「学校では習わない話」には元があると、この間ふと気づいた。大学時代のICUで叩き込まれた、物事を疑う姿勢だ。
ICUの授業は、教科書をまず疑うところから始まる。書いてあることを鵜呑みにせず、なぜそう言えるのか、本当にそうなのかを一度立ち止まって考える。当たり前とされていることほど疑う価値がある、というのがあの場所の空気だった。
勉強の楽しさは、できなかったことができるようになる喜びだけではない。なぜ、と問いかけて物事の不思議を見つけたときに、好奇心が芽生える。そこにこそ本当の面白さがあると思う。
以前、各単元でこれを意識的にやっていた時期がある。公式を教える前に、なぜその形になるのかを一緒に考えさせる。歴史の年号を覚えさせる前に、なぜその時代にそれが起きたのかを問いかける。答えを渡すのではなく、疑問を渡す。
そうすると、子供たちの意識が変わった。普段は受け身の子が身を乗り出して考え始める。友達と「これってこうじゃない?」と言い合う声が教室に増える。単元の中身そのものより、その裏にある「なぜ」の方が、子供たちの心をつかんでいた。
学校では教科書に書いてあることを覚えるだけで精一杯になりがちだ。だからこそ塾では、そこに一歩踏み込んで疑う時間を作りたい。知識を渡すだけでなく、考える楽しさを渡すこと。それが学校では習わない話の正体だと思う。
またこういう話をを、各単元で取り組んでいこうと思う。